「ジャーナリングって、続けると何か変わるのかな」

書く習慣が気になっていても、始める前や続けている途中で、ふとそう思うことはありませんか?

私は2025年4月8日から、毎日手帳に日記を書くことを続けています。

気づけば1年半が経ちますが、最初から「ジャーナリングをしよう」と思って始めたわけではありません。

その日の出来事や気持ちを書きとめる、ごくふつうの日記として書き続けています。

もともと私は、人と比べて落ち込みやすいタイプだった私が日記を続けてきて、振り返ってみると、いくつかの変化がありました。

そしてその変化の多くは、書いているときよりも、あとから読み返したときに起きていたように思います。

この記事では、私の日記のかたちと1年半続けて感じた変化を、書けなかった時期のことも含めて正直にお伝えします。

私が続けている日記のかたち

ニットのブランケットの上に木のトレイ、閉じた手帳・ペン・マグ・スマホ

書き始めたきっかけは、一冊の本

 日記を書き始めたきっかけは、たしか、松浦弥太郎さんの『エッセイストのように生きる』(光文社)を読んだことだったと思います。

小さな暮らしの中で起こる出来事を、一瞬一瞬の解像度を上げて、絵を描くように繊細に書き残していく。

そんなエッセイストのような日々に憧れて、私も自分のために書いてみたくなりました。

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基本は手帳。忙しい日はiPhoneのメモに書いて、あとで書き写す

 日記を書いているのは、ずっと愛用している「MDノート」(A5・方眼罫)です。

紙の手触りがやさしくて、余計な情報がなくシンプルで、余白がたっぷりあって使いやすいところが大好きで、「このノートだから続けられているのかもしれない」と思うほど。

透明のグラシン紙のカバーもついていて、大のお気に入りです。

窓辺の光が差し込む木のテーブルに置いた、日記を書いているMDノート(A5・方眼)とペン、紅茶のグラス

とはいえ、毎日机に向かってゆっくり書けるわけではありません。

忙しい日や外出が続く日は、iPhoneのメモ帳にさっと書いておいて、あとで落ち着いたときに手帳へ書き写しています。

「毎日」といっても、毎晩きちんと書けているわけではないんです。

書くタイミングは少しくらいずれてもいい。

そう思えていることが、続けられている理由のひとつだと思います。

書いていること

書く内容も、特に決めていません。

主に書いているのは、次のようなことです。

  • その日の出来事
  • そのとき感じた気持ち
  • 忘れたくない思いや言葉
  • 落ち込む出来事があった日の「書き換え日記」(あとで詳しくご紹介します)

長く書く日もあれば、数行で終わる日もあります。

「ちゃんと書かなきゃ」と思わないことも、私にとっては大切なポイントでした。

日記とジャーナリングの違いは?

 「ジャーナリング」は、頭に浮かんだことや気持ちを、そのまま紙に書き出していく方法で、「書く瞑想」と呼ばれることもあります。

一方で日記というと、その日の出来事を記録するもの、というイメージがあるかもしれません。

ただ、実際に続けてみると、私の日記はその間にあるように感じています。

出来事を書いているうちに、そのとき何を感じていたのかを書きたくなり、気づけば自分の気持ちと向き合っている。

そんな日がたくさんありました。

だから私は、日記とジャーナリングをきっちり分けて考えなくてもいいのかな、と思っています。

大切なのは呼び方よりも、「自分のために書く時間」があることなのかもしれません。

ジャーナリングのやり方や、ほかの自分を知る方法については、自己分析ツール3選|ジャーナリング・MBTI・遺伝子検査で「本当の自分」を知る方法でもご紹介しています。

1年半続けた結果、私に起きた4つの変化

 ここからは、日記を1年半続けてきて、私が感じている変化をお伝えします。

あくまで私の場合ですが、書く習慣が気になっている方の参考になればうれしいです。

1:自分が何を大切にしているかに気づいた

 毎日の日記を読み返していて、あるとき気づいたことがあります。

うれしかった日として書いていたのは、何か大きなことを成し遂げた日よりも、なんでもない穏やかな日の方が多かったのです。

たとえば、おうちでパートナーとゆっくりお茶をする時間。

何も予定のない休日に、心に余白がある感覚。

そんな日の日記は、短くても、どこかやわらかい言葉で書かれていました。

それまでの私は、「もっと頑張らなきゃ」「何か成果を出さなきゃ」と、どこかで思っていた気がします。

でも書きためた日記が教えてくれたのは「私が本当に大切にしたいのは、大きな成果よりも日々の穏やかな暮らしや心の余白なんだ」ということでした。

自分が何を大切にしているかは、頭で考えるよりも、毎日の小さな記録の中に、自然とあらわれているのかもしれません。

「自分らしさって何だろう」と考えたときのことは、自分らしさとは?答えを探すのをやめたときに見えてきたことにも書いているので気になる方はぜひ。

2:当たり前の日常を、愛おしく思えるようになった

 自分が大切にしているものに気づいてから、日々の感じ方も少しずつ変わっていきました。

特別なことは何も起きない、同じことのくり返しのような毎日。

以前の私なら、そんな日の日記には「今日も何もなかった」と書いて、どこか物足りなさを感じていたかもしれません。

でもあとから読み返してみると、その「何もなかった日」にも、ちゃんと小さな出来事や気持ちが書かれています。

朝の光が気持ちよかったこと、

金木犀の香りがして、秋の訪れを感じたこと、

お掃除をしたら、なんとなく心が軽くなったこと。

なんの変化もない、ただくり返しの毎日。

でも今は、そんな当たり前の日常こそ、愛おしく思えるようになりました。

日記は、毎日の中にある小さなしあわせを、見落とさずに拾い集めてくれるものなのかもしれません。

3:不安なときに「今回もきっと大丈夫」と思えるようになった

 日記を続けていて、いちばん大きかったと感じている変化です。

新しい環境に飛び込むときや、乗り越えられるかわからない壁の前に立ったとき、私はとても不安になりやすいタイプ。

そんなとき、過去の日記を読み返すようになりました。

2026年の春、私は東京から神戸に引っ越しました。

引っ越したばかりの頃は、言葉も景色も少しずつ違う暮らしに戸惑い、「ここを『家』と呼ぶことに慣れる日は来るんだろうか」と感じていました。

そのときの気持ちは、心地よさを「見つける」より、「育てて」みたい。にも書いているのですが、今ではこの家も、神戸の街も、すっかり大好きになりました。

日記を読み返すと、あんなに心細かった日々のことが、そのときの言葉のまま残っています。

「あんなに大変だった日々も、今はなんとかなっているんだもんね」


「だから、今回もきっと大丈夫」

不安の中にいるときは、その先のことが見えなくなってしまいがちです。

でも日記の中には、不安を抱えながらも一歩ずつ進んできた過去の私がいます。

読み返すたびに、その私に励まされているような気がします。

4:人と比べるより、自分の歩みを見られるようになった

 私はもともと、人と比べて落ち込みやすいタイプでした。

SNSで誰かの活躍を見ては、「それに比べて私は」と、自分の足りないところばかりが目についてしまう。そんな夜も少なくありませんでした。

日記を続けるうちに、少しずつ変わってきたことがあります。

それは、人と比べる代わりに、過去の自分と比べられるようになったことです。

日記には、悩んだり試行錯誤したりしながら、一歩ずつ歩んできた私の軌跡が残っています。

うまくいかなかった日も、小さな一歩を踏み出せた日も、全部です。

それを読み返すと、「私も私なりに、ちゃんと進んできたんだな」と思えて、それが少しずつ自信につながっていきました。

誰かのものさしではなく、自分の歩みを見つめられること。

それは、日記を続けてきたからこそ手に入った感覚だと思います。

私が続けている「書き換え日記」

窓辺の光と、湯気の立つカップと本

『脳ちゃんとタマ子』で知った書き方

 私の日記には、ちょっとした「ルール」がひとつあります。

それは『脳内擬人化まんが 脳ちゃんとタマ子』(竹中りんご著、サンマーク出版)で知った、書き換え日記です。

落ち込む出来事やネガティブな出来事が起きた日こそ、「よっしゃー!成長のチャンスだ!」と、ラッキーチャンスとして書き換える、という方法です。

不採用の通知が届いた日も

 たとえば、お仕事の不採用の通知を受け取った日。

そのままの気持ちを書くなら、「また不採用だ、最悪!!!」となるかもしれません。

それをこんなふうに書き換えます。

また今後の活躍を祈られた!残念だけど、きっとご縁がなかっただけ!きっと、もっと私らしい仕事に出会うためのステップだったんだ!ありがとう!

書いているうちに、本当にそんな気がしてくるから不思議です。

書き換えた言葉は、あとから読み返したときにも、そっと背中を押してくれます。

ちなみに書籍の中では、五感を使ってリアルに感情を想像し、その臨場感に浸ることがポイントなんだと紹介されていました。

無理に前向きにならなくていい日もある

 書き換え日記は、私にはとても合っていました。

ただ、もし読んでくださっている方が、とてもつらい気持ちの中にいるのなら、無理に前向きな言葉に書き換えなくても大丈夫です。

つらいと感じるのは、それだけ大切に向き合ってきたからこそなのかもしれません。

書き換えるのが難しい日は、そのままの気持ちを書くだけでも、きっと十分です。

自分にとって心地よい書き方を、少しずつ見つけていけたらいいですよね。

書けなかった時期もありました

言葉にするのが億劫になるとき

 1年半続けてきたといっても、いつも楽しく書けていたわけではありません。

仕事が忙しくなったときや、外出や大事なライフイベントが重なって、濃い出来事が毎日のように続いたとき。

そんなときは、出来事を整理して言葉にすること自体が、億劫に感じてしまうことがありました。

「ジャーナリングは効果ない」という声を目にすることがありますが、もしかすると、書くことが負担になってしまっている時期もあるのかもしれません。

少なくとも私には、そういう時期がありました。

書けなかったときの私の付き合い方

そんな時期の私の日記は、決してきれいなものではありません。

  • あった出来事を、箇条書きで書き留めるだけの日
  • iPhoneのメモに、単語だけを残しておく日
  • 数日たってから、一日ずつ思い出して、まとめて書く日

そして数日あいてしまって、その間のことは書くのを諦めた日もあります。

それでも、ノートを閉じたままにはしませんでした。

箇条書きでも、単語だけでも、空白のページがあっても、またノートを開きたくなったときに戻ってくればいい。

「毎日きちんと」を目指さなかったからこそ、1年半続けてこられたのだと思います。

変化は「読み返したとき」に起きていた

 振り返ってみると、私に起きた変化のほとんどは、日記を書いたその瞬間よりも、あとから読み返したときに起きていました。

自分が大切にしていることに気づいたのも、当たり前の日常を愛おしく思えたのも、「今回もきっと大丈夫」と思えたのも、自分の歩みに自信を持てたのも、すべて読み返したときです。

書くことは、未来の自分への手紙のようなものなのかもしれません。

もし日記やジャーナリングを続けているのに「何も変わらない」と感じているなら、ときどき、前に書いたページを読み返す時間をつくってみてください。

そこには、あなたが思っている以上に、ちゃんと進んできたあなたがいるはずです。

何を書いたらいいかわからない方へ

 いざノートを開いても、何を書けばいいか迷ってしまう方は、自分を知る質問30選|書くだけで自己理解が深まる【無料ワークシート付き】の質問をひとつ選んで、答えを書くところから始めてみるのもおすすめです。

仕事や働き方について書いてみたい方は、社会人の自己分析シート|転職前に「心地よく働ける条件」を知る20の質問【無料ワークシート】の質問もぜひ使ってみてください。

まとめ

 日記を1年半続けてきて、私に起きた変化は、次の4つでした。

  • 自分が何を大切にしているかに気づいた
  • 当たり前の日常を、愛おしく思えるようになった
  • 不安なときに「今回もきっと大丈夫」と思えるようになった
  • 人と比べるより、自分の歩みを見られるようになった

特別な書き方をしてきたわけではありません。

その日の出来事や気持ちを、手帳やスマホのメモに書いて、ときどき読み返してきただけです。

それでも書きためた言葉は、少しずつ私を支えてくれるようになりました。

だからきっと完璧に続けなくても大丈夫。

今日のあなたが感じたことを、まずは一行だけ、書いてみませんか。

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