セルフケア

MBTIに疲れたあなたへ|「私は何タイプ?」を探し続けて苦しくなったときに読んでほしいこと

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 「私は本当に、INFJなのかな……?」

SNSで同じMBTIタイプの呟きを検索しては安心したり、逆にちょっと違う意見を見て「私は本当にこのタイプなのかな」と不安になったり。

気づけば夜遅くまで、スマホの画面をスクロールし続けていませんか。

タイプを知ったばかりの頃、私は涙が出るほど救われました。

今まで感じていた生きづらさや、人との違和感に「そういうことだったのか」と自分を理解してくれる言葉が与えられたような気がしたからです。

でもその一方で、いつの間にか私は「INFJらしくなければいけない」と思うようになっていました。

少しでも当てはまらない部分があると不安になり、また別のサイトで診断を試してみる。

自己理解をして、もっと生きやすくなりたかったはずなのに、気づけば「自分を正しく分類すること」に一生懸命になって、心がすっかり疲れてしまっていたのです。

もし今

  • MBTIのタイプに自分を当てはめようとして苦しい
  • 自分が何タイプなのかわからなくなった
  • 「本当の自分がわからない」と、自己分析に疲れてしまった

という気持ちを抱えているのであれば、深呼吸をしながら肩の力を抜いてみましょう。

この記事は、そんな思いを抱える方に向けて書きました。

MBTIは、自分を閉じ込めるためのラベルではありません。

まだ見ぬ自分と出会うための、ひとつの「地図」です。

そして本当に大切なのは、「私は○○タイプだ」と決めることではなく、「私はどんな人なんだろう」と、やさしく問い続けることなのかもしれません。

なぜ私たちはMBTIに疲れてしまうのか

 「今疲れてしまっている自分は、性格診断やMBTIに依存しすぎなのかな。」

もしそう感じているなら、まず伝えたいことがあります。

それはあなたが悪いわけでも、MBTIが悪いわけでもないということ。

むしろ、それだけ真剣に「自分を知りたい」と向き合ってきたからこそ、疲れてしまったのかもしれません。

私たちは、自分のことを理解できないと不安になり、「私はこういう人なんだ」と説明してくれる言葉に出会うと、ほっと安心するのです。

MBTIは、その安心を与えてくれる素晴らしいツールのひとつ。

けれど、与えてくれる安心が大きいからこそ、いつの間にか私たちは「これが本当の私なんだ」という確かな答えを探し始めてしまうことがあります。

何度も診断してしまう理由

「私は本当にINFJなのかな。」

「いや、もしかしたらINFPかもしれない。」

と何度も診断をやり直したことがある人もいるかもしれません。

でもそれは優柔不断だからでも、MBTIに依存しているからでもないと思うのです。

本当は「自分をちゃんと理解したい」という気持ちがあるだけなのではないでしょうか。

今まで言葉にできなかった感覚を説明してくれる、しっくりくる言葉がほしい。

ずっと感じていた生きづらさの理由を知りたい。

「私はこれでいいんだ」と安心したい。

だから私たちは、何度も診断をしてしまうのだと思います。

「本当の自分」を見つけたい気持ちがあるから

 私たちがMBTIに惹かれるのは、16タイプという分類そのものが好きだからではないのかもしれません。

その奥に「本当の自分を知りたい」という願いがあるからです。

人と異なる個性を知りたい。

自分らしい働き方や生き方を見つけたい。

自分をもっと大切にしたい。

その入り口として、MBTIはたくさんの気づきを与えてくれます。

だからこそ救われた経験がある人ほど、もっと深く知りたくなってしまうのです。

タイプに安心しながら、同時に縛られてしまうから

 ただ、ときどき私たちは、MBTIの診断タイプを自分自身そのものだと思い込んでしまいます。

「INFJだから人付き合いが苦手なんだ。」

「INFPだから続けることが苦手なんだ。」

「ENFPだから飽きっぽいんだ。」

そうやって自分を理解するための言葉が、いつの間にか、自分を決めつける言葉になってしまうことがあります。

すると、タイプに当てはまらない自分が現れたときに、不安になります。

「あれ、私は本当にこのタイプなのかな。」

「今まで信じていた自分は間違っていたのかな。」

そんなふうに、自分を理解するために始めたはずの自己分析が、いつしか自分を縛るものになってしまうのです。

そしてその苦しさが「MBTI疲れ」として現れるのかもしれません。

だからもし今MBTIに少し疲れてしまっているなら、それは自分を知ろうと一生懸命向き合ってきた証なのかもしれません。

私もINFJというラベルに救われ、苦しくなったことがある

 私も、まさにその一人でした。

MBTIに出会ったとき、私は「やっと自分を説明できる言葉が見つかった」と感じました。

特にINFJの特徴を読んだときは、「どうして私のことを知っているんだろう」と驚いたのを覚えています。

人との違和感。

一人の時間がないと疲れてしまうこと。

物事を深く考えすぎてしまうこと。

今までずっと「どうして自分だけこんなふうに感じるんだろう」と思っていた部分に、初めて名前がついたような感覚でした。

そしてどこか安心できる体験でもありました。

INFJを知って涙が出るほど救われたこと

 それまで私は、自分の感じ方や考え方をうまく説明できませんでした。

どうしてこんなに人の感情に影響されてしまうんだろう。

どうして一人で深く考え込んでしまうんだろう。

どうして周りと少し違う気がするんだろう。

そんな「なぜ」が、INFJという言葉によって少しだけ理解できた気がしたのです。

「私だけじゃなかったんだ。」

そう思えたとき、張り詰めていた肩の力が抜けて、じんわり目頭が熱くなったのを覚えています。

「本当にINFJなのかな?」と何度も診断した時期

 でも、その安心は長く続きませんでした。

SNSでINFJの投稿を見て、「すごくわかる!」と思うこともあれば、「私はそこまで当てはまらないかもしれない」と感じることもありました。

すると、胸の奥がざわざわし始めて

「私は本当にINFJなのかな」

「もしかしたらINFPなのかな」

と気づけば、何度も診断をやり直していました。

新しい記事を読んでは納得し、また別の記事を読んでは迷う。

自分を知りたくて始めたはずなのに、いつしか「正しいタイプ」を見つけることが目的になっていたのです。

いつの間にか自分をラベルに当てはめていたこと

 今振り返ると、私はINFJという言葉に安心すると同時に、その言葉に自分を合わせようとしていたのかもしれません。

「INFJならこう考えるはず」

「INFJならこう感じるはず」

と分の気持ちよりも先に、タイプの特徴を確認するようになっていました。

でも人はもっと曖昧で、もっと複雑。

ひとつの言葉だけでは表現しきれない部分があります。

むしろ、その言葉にできない部分まで含めて、その人らしさなのだと思います。

そのことに気づいたのは、デンマークのフォルケホイスコーレで、たくさんの人と対話を重ねた経験があったからでした。

そこで私は、「人はひとつのラベルだけでは表現できない存在なんだ」ということを、少しずつ実感していきました。

フォルケホイスコーレで気づいたこと─人は一つの言葉だけでは表現できない

 そのことに気づいたのは、デンマークのフォルケホイスコーレで過ごした時間があったからでした。

フォルケホイスコーレは、「人生の学校」とも呼ばれる大人のための学びの場です。

そこでは、正解を覚えることよりも、対話を通して自分や他者を理解することが大切にされていました。

国籍も、年齢も、育ってきた環境も違う人たち。

そんな多様なバックグラウンドを持つ人々との共同生活を通して、一人として「こういう人だ」と一言で簡単に言い表せる人はいませんでした。

対話を通して見えてきた、一人ひとりの複雑さ

 明るく見える人が、誰にも言えない悩みを抱えていたり。

いつも静かな人が、心の中には情熱を持っていたり。

同じ国で育った人同士でも、大切にしている価値観はまったく違っていたり。

一緒に過ごし、対話を重ねるほど、「人はこんなにも複雑で、一人一人の人生が芸術作品のように美しい存在なんだな」と感じるようになりました。

私たちはひとつの出来事や、ひとつの言葉だけで、その人のすべてを表すことはできません。

育ってきた環境。

これまでの経験。

大切にしている価値観。

その日の心の状態。

たくさんのものが重なり合って、「今の私」ができているのだと思います。

私自身も、少しずつ移り変わっていく存在だった

 そして、それは私自身も同じでした。

デンマークから帰国したあと、以前と同じ景色を見ても、なんとなく違って感じる自分がいることに気づきました。

大切にしたいことも、心地いいと感じることも、以前とは異なっていました。

そのとき私は、「人は少しずつ変わり続けていく存在なんだ」と実感しました。

だからこそ、「昔はこのタイプだったのに」「前はもっと当てはまっていたのに」と感じることがあっても、不思議ではないのかもしれません。

私たちは、ひとつの言葉の中にずっと留まり続ける存在ではないのです。

だから「言葉にできない自分」があっていい

 フォルケホイスコーレでの対話を通して、私を変えたのはINFJという新しい枠組みではありませんでした。

「私はどんなときに心地いいと感じるんだろう。」

「今の私は何を大切にしたいんだろう。」

と自分自身に問いを向け続けた時間でした。

自己理解とは、自分を分類することではなく、自分と仲良くなること。

だから、MBTIに当てはまらない部分があってもいい。

むしろその言葉にできない部分にこそ、あなただけの個性が隠れているのかもしれません。

言葉にできない自分がいてもいい。

まだ説明のつかない感覚があってもいい。

その曖昧さや複雑さも含めて、あなたという存在なのだと思います。

もし今、「じゃあ自己理解って何から始めればいいんだろう」と感じている方に向けて、以前こんな記事を書きました。

「自分には何もない」と感じていた私が、自分との対話を始めるきっかけになった考え方をまとめています。

👉「自己理解は何から始める?「私には何もない」と感じる人へ贈る、優しい自分の見つけ方」

MBTIは、自分を閉じ込めるためのものではなく「地図」

 だから今の私は、MBTIを「自分を決めるための答え」ではなく、「自分を知るための地図」だと思っています。

けれど、ときどき私たちは、地図そのものが答えだと思ってしまうことがあります。

地図は、自分の現在地を知るためのもの。

進みたい方向を考えたり、自分に合う道を見つけたりするときのヒントにもなります。

でも、地図そのものが自分ではありません。

地図を持っているからといって、そこに描かれているものが、その人のすべてになるわけではないのです。

地図は現在地を知るためのもの

 私自身、INFJという言葉に出会ったことで、自分の感じ方や生きづらさを理解できた部分がたくさんありました。

「一人の時間が必要なんだ。」

「人の気持ちを敏感に受け取るんだ。」

そんな自分の傾向を知れたことで、以前よりも自分に優しくなれた気がします。

MBTIは、自分の特徴や心地よさを知るための入り口として、とても素晴らしいツールだと思っています。

だから、MBTIに救われた経験を否定する必要はまったくありません。

地図そのものが、あなたではない

 ただどんなに便利な地図でも、そこに描かれていない景色があります。

偶然の出会い。

忘れられない経験。

誰にも言葉にできない感覚。

好きなものが変わっていくこと。

大切にしたい価値観が変わること。

そうしたものまで含めて、私たちはできています。

だから、「INFJなのに当てはまらない部分がある」と感じる日があってもいい。

「前とタイプが違う気がする」と思うことがあってもいい。

地図に載っていない場所があるように、人にも言葉にできない部分があって当然なのだと思います。

自己理解とは、自分と仲良くなること

 私は、自己理解とは「自分を正しく分類すること」ではなく、「自分と仲良くなること」だと思っています。

どんなときに安心するのか。

何をしていると心が満たされるのか。

どんな人といると、自分らしくいられるのか。

そうした小さな気づきを集めていくことが、自己理解なのかもしれません。

自己分析を頑張っているのに、なぜかますます自分がわからなくなる。

私自身も、そんな感覚を抱えていた時期がありました。

実はそれには理由があります。

以前、そのことについて詳しく書いたので、もし今のあなたに重なる部分があれば読んでみてくださいね。

👉「自己分析をしても自分がわからない理由|「私はこういう人」を手放したら少し自由になれた話。」

 そして自分を知る旅に、完璧な答えはありません。

だからこそ、「私は何タイプなんだろう」と答えを探し続けて疲れてしまったときは、一度その問いを手放してみてもいいのだと思います。

「私は何タイプなんだろう」と考えることに少し疲れているなら、問いそのものを変えてみるのもひとつの方法かもしれません。

「どんな時間に、私はほっとするんだろう。」

「今の私は、何を大切にしたいんだろう。」

そんな問いの中に、自分らしさのヒントが隠れていることもあるかもしれません。

自分を知るということは、「私はこういう人だ」と答えを決めることではなく、「私はどんな人なんだろう」と、やさしく問い続けることなのかもしれません。

「私は何タイプ?」よりも、大切にしたい問い

「私は何タイプなんだろう」という疑問を、ほんの少しの間だけそっと脇に置いてみましょう。

そして代わりに、自分にこのあと登場する質問をしてみてほしいのです。

正解を出そうとしなくても大丈夫。

答えを急がなくても大丈夫。

すぐに言葉にならなくても大丈夫。

自分の心の声を、静かに聴いてみるような気持ちで問いかけてみてください。

どんなときに、私は心地いいと感じる?

 一人で静かな時間を過ごしているとき。

好きなカフェで本を読んでいるとき。

美しい川辺や森の中、自然を感じながら歩いているとき。

気の合う人と、ゆっくり話しているとき。

心地よさの形は、人それぞれ違います。

そして、その答えは「INFJだから」「INFPだから」といった言葉だけでは表せないこともあります。

あなたがほっとできる時間の中に、あなたらしさのヒントが隠れているのかもしれません。

どんなときに、私は自分らしくいられる?

 頑張っているときよりも、肩の力が抜けているとき。

安心して信頼できる人が見守ってくれているとき。

誰かの期待に応えようとしているときよりも、自分の気持ちに正直でいられるとき。

「こうあるべき」を忘れて過ごしているとき。

そんな瞬間に、自分らしさが顔を出すことがあります。

自分らしさは、何か特別な才能や肩書きの中にあるとは限りません。

何気ない日常の中に、静かに息づいていることも多いのです。

今の私は、何を大切にしたいんだろう?

 私たちは、年齢や環境、出会う人によって少しずつ変わっていきます。

だから「昔はこうだったのに」と思うことがあってもいい。

以前と大切にしたいものが変わっていてもいい。

大切なのは「本当の自分」をひとつに決めることではなく、今の自分の声に耳を傾けてあげること。

昨日の自分より、少しだけ心地よくいられているだろうか。

今の私は、どんな毎日を大切にしたいと思っているのだろう。

そんな問いを持ちながら生きていくことも、ひとつの自己理解なのだと思います。

もしかしたら、私たちが探しているのは「私は何タイプなのか」という答えではなく、「私はどんな人として生きていきたいのか」という問いなのかもしれません。

その答えは、一度見つけたら終わりではなく、人生の中で少しずつ育っていくものなのだと思います。

そして自分を知ることは、やがて「自分をどう大切にするか」にもつながっていきます。

自分に合うセルフケアについて考えたい方は、こちらの記事も読んでみてくださいね

【あわせて読みたい】「自分に合うセルフケアの見つけ方|無理せず心と身体を整える、おすすめの自己分析ツール」

おわりに|タイプが変わっても、あなたはあなたのままでいい

 人はきっと、自分を知りたい生きものなのだと思います。

だからこそMBTIに惹かれるのも、とても自然なことです。

私自身も、INFJという言葉に出会ったとき、「やっと自分を説明できる言葉が見つかった」と感じました。

そして同時に、その言葉に自分を当てはめようとして、少し苦しくなったこともありました。

だからもし今、あなたがMBTIに少し疲れているのなら、それはきっと、自分を知ろうと一生懸命向き合ってきた証なのだと思います。

たくさん考えて、たくさん悩んで、何度も「私は何タイプなんだろう」と問い続けてきたのではないでしょうか。

でも、人は16タイプだけでは表現しきれません。

嬉しい日もあれば、落ち込む日もある。

一人でいたい日もあれば、誰かと話したくなる日もある。

環境が変われば、大切にしたいことが変わることもあります。

だから、

タイプが変わってもいい。

言葉にできない自分がいてもいい。

まだ知らない自分がいてもいい。

そのどれもが、あなたの一部です。

私たちは「私はこういう人です」とひとつの言葉で言い切れるほど、単純な存在ではありません。

むしろ、その曖昧さや複雑さこそが、人の美しさなのだと思います。

だから、どうか急いで答えを出そうとしなくて大丈夫。

「私はどんな人なんだろう。」

「どんなときに心地いいんだろう。」

そんな問いを、自分にやさしく向け続けてみてください。

その時間そのものが、きっと自分と仲良くなっていく時間なのだと思います。

そしていつか振り返ったとき、「正しいタイプ」を探し続けていた時間もまた、自分を知るための大切な旅だったと思える日が来るかもしれません。

今日のあなたが、少しだけ肩の力を抜いて、自分にやさしくなれていますように。

もっと自分を深く知りたいと感じた方へ

 私自身、MBTIに出会ったことで、自分を理解できた部分がたくさんありました。


でも同時に「私は何タイプなんだろう」という問いだけでは、言葉にできない自分がまだたくさん眠っていることにも気づきました。

「もっと自分を深く知りたい!」

という思いから、私はさまざまな自己理解の方法を試してたのですが、そのひとつが、遺伝的な傾向から自分を知るというアプローチでした。

もしあなたも、「ラベルだけでは説明できない自分を、もう少し深く知ってみたい」と感じているなら、私自身が自己理解のヒントをもらった方法のひとつとして、詳しく紹介している記事もぜひ読んでみてください

👉「私の取扱説明書|話題の遺伝子検査『chatGENE(チャットジーン)』を体験してみた」